2022年度第9回宇宙学セミナー(2023年1月18日)
2022年度第9回宇宙学セミナーを1月18日(水)に開催します。
※日本宇宙航空環境医学会に後援していただいております。
第9回 2023.1.18(水)17:30-19:00
講師:立花 正一 氏(ロイヤルこころの里病院)
題名:「月有人探査におけるストレスと心理学的課題―南極越冬隊の心理研究から学ぶ」
開催方法: Zoomによるオンライン形式
Zoom接続方法:Zoom参加はこちらより接続ください
概要:
我が国を含む国際有人宇宙活動は、国際宇宙ステーション(ISS)計画を経て、いよいよ月の有人探査に向かいつつある。ISS計画ではすでに7人の日本人宇宙飛行士の長期滞在を完了し、中には複数回の長期滞在ミッションを成し遂げたり、コマンダー(船長)としてチームを束ねる重責を果たした者もいる。我が国も宇宙飛行士の活躍を下支えする健康管理活動を通じて、宇宙医学・心理学の多くの知見や技術を積み重ねることができた。ISS計画によって、少なくとも地球の軌道上では健康を損ねることなく、半年程度の長期活動を実施できることが証明された。
しかし、月の有人探査となると、飛行士の健康管理支援のハードルはかなり高くなることが予想される。特に、宇宙放射線被ばく、隔離閉鎖環境での生活や任務に伴う精神・心理的ストレス、けがや病気を発症した際の医療対処手段や資源の乏しさは、大きな課題となるだろう。不測の事態が起こった際には、地球軌道上では地上からの支援が受けやすく、地球への緊急帰還も短時間で可能なのに比して、月面や月軌道上では、地球からの支援はより困難となり、派遣隊の自立性が問われることになる。
今回は、特に精神心理的課題に絞って論じたいが、地球からの隔絶感・孤立感が増し、活動における自立性・自律性が求められ、チームとしての団結力・リーダーシップの質の高さ、個々の隊員の情緒安定性・士気の維持・自己管理能力も問われるだろう。
このような未知の課題に挑戦する際に、我々が参考とすべき有力な知見は、南極大陸における越冬隊の長年の経験であり研究となる。アメリカ隊を中心とした心理学研究や体験に関する文献をレビューしたので、その一部を紹介したい。南極越冬活動の初期には、過酷な環境(寒冷、日照不足、隔離閉鎖、単調性など)による不眠、抑うつ、幻覚、意識の変容、行動異常などの報告がなされている。国際地球観測年(1957-58)を契機に始まる中期においては、体系的な心理学的研究が行われ、住環境の改善や隊員の事前スクリーニングもなされた結果、Polar Madnessと呼ばれた極端な精神症状や意識の変容は減少し、隊員選抜の評価要素なども確立した。南極越冬隊員に見られた心理的特徴(季節変動性、独特のコーピング手法、集団葛藤の傾向など)も明らかになり、越冬活動(チャレンジ)は人によってはプラス(健康増進効果Salutogenic effect)に働くことも解ってきた。月有人探査要員の選抜・訓練・支援活動の参考になるものと考えている。