「今、放射線について知っておきたいこと」
子育て中のお母さん・お父さん向け講演会・「今、放射線について知っておきたいこと」
福島第一原発の事故を受け、関西でも放射線の影響に対する不安が広がりつつあります。私たちは放射線についての様々な情報をどうやって受け止めたらよいのでしょうか。4月10日の講演会では、基礎的な科学知識も交えながら、京都女子大学の水野義之先生に放射線について解説をお願いしました。今回は親子連れの方だけでなく一般の方の参加も受け入れ、 託児ではなく、講演会場の後方に子ども用スペースを作る形で開催しました。 当日は親子連れを含む65名の方に足を運んでいただきました。
講演会場の様子
会場の子どもスペースの様子。時折子どもたちのはしゃぎ声が聴こえる中での講演会でした。
10時に開場すると、会場には続々と途切れることなくお客さんが集まってきました。赤ちゃんを抱っこしたお母さんを始めとして、若いご夫婦やご年配の方々も見えました。 まず正しい知識を知るということが安心、安全につながることを信じて、研究者として出来るだけの努力をさせてもらえたら、という主催者からの趣旨説明がありました。「今回の公演は、よりよい理解のための基礎的な知識を広めるという目的もあるけれど、それ以上に会場に集まった皆さんの『わからないところ、知りたいところ』を知りたい。研究者は一般の方々の、一般の方々は研究者の視点を自分の考えにフィードバックしてもらえたら嬉しい。皆さんには『知っている』という安心感を持ちかえってほしい」という言葉に、会場の皆さんの視線が一層真剣なものになりました。
1.宇宙の放射線
宇宙総合学研究ユニットが主催の講演会ということで、最初に前座として進行役の磯部から宇宙の放射線の話をしました。 太陽では黒点の近くで「フレア」と呼ばれる爆発がしばしば起きています。フレアが起きると、大量のX線や高エネルギー粒子、つまり放射線が宇宙空間に放出され、その一部は地球にも届きます。これらの放射線は地球大気の中には届きませんが、宇宙空間で船外活動をしている宇宙飛行士が、最大級の太陽フレアからの放射線を浴びると、致死量に近い被ばくをすることになります。太陽は地球上の生命活動の源であると同時に、ひとたび地球大気の外に出れば、大変危険な存在でもあるのです。 また放射線とは直接関係ありませんが、3月11日に起きたマグニチュード9の地震のエネルギーは約10の18乗ジュール、これは小規模な太陽フレアに匹敵するくらいのエネルギーです。この地震に伴い地球の自転がごくわずかですが速くなったことも確認されており、まさに天文学的な現象だったと言う事ができるでしょう。
放射線の講演会なのになぜか宇宙の話から。
2.原子の話
ここからが本番の水野先生のお話です。以下は講演を聴いていたスタッフが記録したものに基づいていますので、 水野先生のお言葉そのままではありません。講演の内容は 講演資料(PDF 2.8MB) もご参考にして下さい。
非常事態で、どんな情報をどんなふうに受け止めたらいいか分からなくなっている人は多いと思います。最近は「シーベルト」という単位に加えて、「ベクレル」という単位も登場し、余計に分かりづらくなっています。情報の波にのみこまれてしまわないためにも、科学の基礎知識をある程度身につけておくのも良いかもしれません。「ベクレル」は1秒間に放出される放射線の量、「シーベルト」は吸収した放射線の生体への影響を表す単位です。
ちなみに、話題になっている放射性物質ヨウ素131は半減期8日ですが、それと同じくらい話題性のある“ウ素800(嘘八百)”は、半減期75日。つまり、人のうわさも75日ということです。こんな話で会場の笑いを取りつつ、「あまり肩肘を張らずにいてください」とお話を始めた水野先生でした。スライドが始まったとたん、たくさんの人がカメラを手に熱心に撮り始めたのは、みなさんの「わからないところ」を知りたいという一生懸命な気持ちが現れたからでしょうか。
スライドや実際の放射性物質(すごく弱い)を使って説明する水野先生。
3. 同位体って?
水野先生が次に会場の皆さんに問いかけたのは、「周期表を見たことがありますか?」という質問でした。周期表とは、様々な原子を見やすく表にまとめたものです。原子はマイナスの電気を持つ電子と、プラスの電荷を持つ原子核からできていて、原子核はさらにプラスの電荷を持つ陽子と、電荷を持たない中性子からできています。原子の種類(化学的性質)は、それぞれの原子がもつ陽子の数で決まりますが、中性子の数が違うことがあります。種類が同じでも中性子の数が違うものを「同位体」と呼びます。
たとえば炭素には、少し軽い「炭素12」と、少し重い「炭素13」、さらにもう少し重い「炭素14」の3つの同位体があります。このうち、ごくわずかしか存在しない“炭素14”だけは放射線を出す性質を持っています。炭素(この中には“炭素14”が一定の割合で含まれている)は食べ物の中にあったり、空気中に漂っていたりするので、私たち人間は知らず知らずのうちにの放射線が飛んでいる中で暮らしていることになるのです。また、炭素が生き物の内外を行き来しやすい性質を利用して、古墳や古文書など古いものの年代測定を行うのに“炭素14”が使われることもあります。炭素以外の原子にも放射線を出す性質を持つ同位体はいくつかあり、放射性同位体と呼ばれます。例えば最近ニュースに登場しているヨウ素131やセシウム137等も放射性同位体です。
4.放射線とは?
放射性同位体の原子核は「不安定な」状態にあるため、抱えきれないエネルギーを放出しながら、安定な原子核になろうとします。この時に出てくる余分なものが放射線なのです。それは原子核のかけらであったり、余分な素粒子だったり、光(電磁波)だったりします。元の原子核の内部から「放出(放射)」されて、直「線」的に飛んでくる、ということが「放射線」の語源となっています。 放射性同位体は、何もしなくてもある確率でひとりでに壊れて放射線を出します。壊れやすい同位体はどんどん放射線を出してどんどん減ってゆきます。逆に壊れにくい同位体は、放射線を出しにくい代わりになかなか減りません。「半減期」という言葉がありますが、例えば半減期が8日のヨウ素131は、8日経つと半分に減り、もう8日経つとさらにその半分に減ります。なので1,2ヶ月もすればほとんど無くなってしまいます。逆に、半減期が宇宙の年齢(137億年)よりも長い同位体もあります。これは事実上ほとんど放射線を出さない、ということを意味します。
放射線は不安定な原子核が壊れて放出されるもので、α線、β線、γ線などの種類があります。それぞれ透過能力が異なり、α線は1枚の紙で、β線は1mmほどのアルミニウム板で、γ線は1.5cmほどの鉛板で止めることが出来ます。 放射線を出す能力を放射能といい、その単位の「ベクレル」とは1秒間に1つの原子核が壊れて放射線が出るときの放射線量のことを表しています。
5.人への影響は?
放射線の影響には二つのタイプがあります。一つは、一定以上の被ばくをすると必ず影響が出るという意味で「確定的影響」と呼ばれるものです。例えば一度に4シーベルト(4000ミリシーベルト)以上の被ばくをすると、50%以上の人が無くなります。 もう一つは、比較的少ない量の放射線を浴びることで、ガンになる確率があがる、「確率的影響」と呼ばれるものです。概ね100ミリシーベルト浴びるごとに、0.5%ガンの確率が上がるとされています。もともと被ばくが無くても30%くらいの人はガンで亡くなりますので、100ミリシーベルト以下の被ばくでは、ガンの確率が上がるという確かな証拠は今の所ありません。これはもちろん影響が絶対ないということを意味するのではないのですが、このような小さな確率の上昇を確実に「放射線の影響」と証明するには、そのような量を被ばくした人を非常に多く調べないと分からないのです。
私たちの体は直接放射線を感じることはできませんが、放射線を測る装置である「ガイガーカウンター」を使うと、放射線の存在を実感することができます。水野先生が持参して下さったガイガーカウンターのスイッチを入れると、ピッピッという音が鳴り、会場内にも自然界に存在する放射線が来ていることを教えてくれます。キャンプで使うランタンのマントルには、ごく微量の放射性物質が含まれているものがあるのですが、これにガイガーカウンターを向けると、反応音が少し激しくりました。
左:水野先生が持ってきて下さったガイガーカウンター。 右:マントルの放射線を測ってみたところ。「ピピピピピー」
「放射線はどこにでもあるし、放射線を出すものが商品として並んでいたりもするのです。私たちの身体からも、体重60kgの人なら7000ベクレルくらいの放射線が出ています。まさか自分の体から放射線が出ているなんてと驚かれる方もいらっしゃるでしょうが」と水野先生。「自然環境の100倍くらいの放射線を受けても、人間は生きていけます。これまで、太陽で大爆発が起きて莫大な放射線が降り注いだこともあったでしょうが、地球の磁場が守ってきてくれました。地球環境の激変でダメージを受けても、ある程度まではそのたびに修復して、耐えてきました。人間の体には放射線の影響を修復する能力があることを知ってほしいです。」
6.最後に
放射線は、弱くても強くても人体に影響を与えます。影響の程度は個人差があり、今の科学では、比較的低いレベルの被ばくに関しては、危険性が何%上がる、といった確率論的な数字しか出すことができません。しかし、様々な規制の理由や判断の根拠を一般の方々に広く伝えていくことが、「知る」という「精神的な安全」につながることを期待しています
繰り返しになりますが、上の記録は水野先生の講演を聞いていたスタッフがまとめたもので、 もし内容に誤りがあれば、その責任はこのページの管理者 (宇宙総合学研究ユニット・磯部洋明)にあります。
開催要領
日程:2011年4月10日(日)
時間:午前10:15〜11:45(受付は10時から)
会場:こどもみらい館(第1研修室) 交通アクセス
講演タイトル:「今、放射線について知っておきたいこと」
講師:水野義之(京都女子大学教授)
対象:子育て中の保護者及び一般の方
参加費:無料
参加申込:不要。直接会場へお越し下さい
(会場の定員を超えた場合は入場をお断りせざるを得ない場合があります)
主催:京都大学宇宙総合学研究ユニット
協力:井戸端サイエンス工房
講師略歴
水野義之(みずのよしゆき) 京都女子大学現代社会学部教授。京都大学理学部卒、東北大学大学院理学研究科博士課程修了。 フランスSaclay原子力研究所・基礎研究所、欧州原子核研究機構(CERN)、大阪大学核物理研究センター等を経て現職。 専門は素粒子・原子核物理学、情報学、情報教育。 |
放射線医学・原発事故に関するリンク
- 放射線医学総合研究所
- 放射線の人体影響に関する質問窓口 (Q&A)
- 非常時の子育て情報サイト(こどもちゃれんじ公式サイト)
- 京都府医療相談窓口
- サイエンス・メディア・センター(地震や原発事故に関する専門家の解説もある)
- 日本科学未来館「地震、原発をよみとく」
次回以降の予定
同じ内容で、乳幼児をお連れの方を対象とした託児室付きの講演会を近日中に開催する予定です。
過去の講演会
- 2011年2月6日 京都はやぶさシンポジウム
- 2010年11月10日 「あかつき、金星へ」(宇宙航空研究開発機構 大月祥子)
- 2010年8月25日 「生き物のつながり」(京都大学iCeMS 水町衣里)
- 2010年7月6日 「太陽と宇宙の天気予報」(京都大学宇宙総合学研究ユニット 浅井歩)
本講演会は日本天文学会の全国同時七夕講演会2010の一環としても開催されました。
お問い合わせ先
京都大学宇宙総合学研究ユニット 担当:磯部洋明、浅井歩
kzr_at_kwasan.kyoto-u.ac.jp までメールでお問い合わせ下さい。 申し訳ありませんが電話でのお問い合わせには対応しておりませんので ご了承下さい。